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2020.04.15

アッタ的広告論 ~広告をつくる意義って~

WRITTEN BY

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NISHINO MASAFUMI

起:広告業に従事するというテロ行為

個人的には、広告業界で働くことは、一種の反社会的行為の完遂を目指したいのかもしれない。理由は明快だ。何も直接的な経済効果をつくり出していないからだ。
丹精込めて農作物をつくるわけでもない。小さなネジ一個の作り方も知らない。
ましてや、大掛かりな設備投資をして、お泊りいただくなんてことは考えたこともない。
では、なぜそんな僕が広告をつくる仕事をしているのか。
そろそろ、整理して言葉に出していく時期だと考え、重い腰を上げてみることにする。

承:新語という名の麻薬

広告業界では、常に新しい言葉が飛び交う。そして略語を使うことで、有能であることを自己主張しがちでもある。
ただ、略語を正式表記に展開し、意味を理解したうえで会話につなげている人間となかなか出会えないのも不思議な業界だ。
例えば、PRという言葉は、人によってはPress Release(報道機関向け発表)と捉える人間も、より広義なPublic Relationsと理解する人間もいる。
特に、後者のPRについては広告の本質を示す言葉であるにも関わらず、自己PRという言葉が一般に浸透しているくらいであるから、汎用しすぎて真意を考える機会がないことが課題かもしれない。

転:PRの真意を再考する

Public Relationsの真意を僕なりに考えた場合、最大多数への好意形成という理解をしている。その理解を反証するため正反対の言葉を探してみると、Personal Wants(私的欲求)と思いつき、意外とそこがしっくり来ている。
モノをつくらない、サービスの提供でもない広告業界で働くことがテロ行為である由縁も、ここから思いはじめたことだ。
最大多数側の社会で生きている方々は、私的欲求を満たすために働き、対価として金銭を受け取り、人生を豊かに過ごすことが一般的である。そこを逆説的に、モノやサービスが最大多数に好意を持って受け入れられるための考えを尽くし、表現し、結果に一喜一憂しながら人生を歩むことが広告業界人であるとすれば、社会を一歩引いた目でみて、最大多数に対してのアピールをするわけだから、テロ行為と言っても過言ではないと思う。

結:テロ行為でもいいと思える広告業での生き方

本項までに散々自虐的な表現をしたが、それでも広告制作を業にする理由までテロリストと同じである。成功すれば革命となり、世の中の流れが変わることを経験しているからだ。
手書きからワープロへ、そしてパソコンにインターネットが加わりブロードバンドで快適化、スマホの登場でTPOを問わない情報摂取が可能な時代を生きている中で、より存在意義としての広告の役割は高まっていると感じている。それに、遠くない未来には最大多数への好意形成ではなく、私的欲求の最大多数獲得ということを目標における時代もやってくる。
AIやMarketing Automationなどが汎用的に実用できればという前提条件付きではある。それでも、世の中の流れを変える一助になりたくて、僕はこの仕事を続けている。

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